そのひとのめ

なんとなくの毎日を、書きたいときに、書けるだけ。

北方行って奇譚 -1-

バス停には誰もいなかったが、自分が着いてすぐに1人、続いてまた1人と列ができていった。
平日の朝、この時間に家を出る人の多くは会社に向かっている。
スーツケースに大きなリュックを背負った自分がバスの窓に映ったときは、少し可笑しかった。


最寄駅に着いて、東京へ向かう。
朝が早いとはいえ、ほぼ満員電車。スーツケースが、少し幅をとる。
思えば、スーツケースを持って旅をするのは本当に久しぶりだ。
ここのところの長期的な旅行はだいたい車だったし、何泊も連泊する旅程自体があまりできていない。
自転車だったり徒歩だったり、どちらかというと身軽な旅路が好きなのだと思う。


周りを見ると、スーツにジャケットを着ている人ばかりだ。


自分は今まで「スーツケース」にスーツを入れたことがない。

スーツを入れられないまま一生を終えるスーツケースはどれくらいいるのだろう。
自分がスーツケースだったら、そちら側のスーツケースになるだろうと思った。

人らしいなにかを入れられることもなく、いつまでもからっぽのままなのだ。

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東京へ着いて、上越新幹線に乗る。
北海道へ向かうのに、この経路は合理的でないのかもしれない。
時間がかかるし、下手をしたら運賃も最安ではない。


それでも小樽に向かう自分は、ただ関東を離れ、日本海を感じ、船に乗って北海道へ降りたいのだった。
逡巡と微睡の一眠りを伴った「とき305号」は、新潟駅のホームへ静かに滑り込んだ。

 

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バスターミナルの10番のりばから、フェリーターミナルへ向かう。
乗り場は今日も空いている。初めに乗ったのは自分を含めて4人で、ターミナルに降りるときには誰もいなくなっていた。


今回の船はあざれあだ。新潟港では薄日もさしていたが、低気圧の影響で全体的に動揺があるらしい。
幸い船酔いはしにくい体質(本当の船体動揺を体験していない)なので、そこはどうにかなるはずだ。

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船は定刻通り、日本海へ乗り出す。
動揺が見込まれること、到着時間が遅れる可能性があることのアナウンスがされ、茶色がかっていた海が、エンジェルカーテンに呼応するように青く変わってゆく。
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次第に通信が滞り、携帯は完全に圏外となった。

 

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風呂に入り、買っておいたパンを食む。
次第に動揺し始めた船が徐々に三半規管を乱していく中、船室に戻り、動揺する船内を四方の壁に感じる。

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頭に響く低い重低音を聴きながら、目を閉じ、眠りについた。

船体は、想像していたよりも深く静かに動揺を続けた。

 


入港1時間前にセットしていたアラームが、当たり前のように枕を揺らす。
入港が遅れるかもしれないとアナウンスはあったものの、ふたを開けてみれば予定時間通りの入港となった。
本当にありがたい。

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午前四時三十分。
太陽はまだ地平線のはるか下、全容の見えない街へ、突き刺さるような空気の元、慎重に歩き出した。

 

ふたつめにつづく ↓

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