1日目
ほぼ始発の新幹線だった。
「鈴」で待ち合わせている友人は、まだ到着していない。
もともとは自転車を持っていく予定だったが、台風の接近や体力的な問題(自分、友人両者とも)もあって、今回はレンタカーと相成った。
秋田新幹線に乗るのは初めてだった。新幹線自体も、久しく乗っていない。
駅弁を食べながら、仕事のこと、最近行った場所のことをのんびりと話す。
秋田までは、4時間ほど。
到着は、10時を過ぎてからの予定だった。
食べ終わってから、軽く眠る。
流れる車窓を勿体ぶりながら、300km/hで社会と距離をとっていく。
この類の「ひと眠り」は、最高に幸せなのだ。
目が覚めると、大曲にいた。
スイッチバックをして、背中から発車する。
初めは少し驚いた。友人は知っていたが、全国的にも珍しいらしい。
田沢湖を過ぎて、定刻通りに秋田に着いた。
学生時代に来たときはすごい雨が降っていて、市街地の印象はその一点だった。
秋田駅に来たのも、実は今回が初めてだ。
日本海側というのか、東京からの距離と言うのか、こっちのほうの空気は東京とは違うものを感じる。
レンタカーの時間まで少しあたりを散歩してから、車を借りた。
今回はホンダのFIT。よろしく頼みます。
まずは東に向かって、田沢湖に向かう。
去年の5月の大型連休に、車で来て以来だ。
今回はその時ほど晴れてはいなかったが、相変わらず水は青かった。
クニマス未来館で、田沢湖のことを少し学ぶ。思っていたより、複雑な事情だった。
知っているのと知らないのとじゃ、だいぶ違う。勉強になった。
つづいて、旧田沢湖町立生保内小学校潟分校に。
ここは友人が教えてくれた。
校舎をそのまま保存してあって、見学ができるようになっている。
自分の通っていた小学校もなかなか古い所で、古い校舎のほうは床が抜けていたりしたけれど、木の床の色とか、深さとか、すごく懐かしかった。
友人とも話したが、ここはまた来たい。雪の中を来れたら、すごくよさそうだ。
宿に向かう前に、玉川温泉に。
ここは時間が余ってたら今日入ろうと話していたけれど、少し押し気味なので入るのは翌日にして、今日はあたりの散策のみをば。
玉川温泉はpHが1台のめちゃめちゃな酸性泉だ。湧出量もかなり多い。
温泉街は大規模なものではないけれど、ひっそりとしている中に内陸深く独特の趣がある。なんて、言ってみたり。
お楽しみは明日にとっておいて、駒ヶ岳の宿について、風呂に入る。広い風呂は良いものだ。
夕食をとってから、夜の散歩に。
動物はクマを一匹見たけれど、それ以外は平和なお散歩に。
何台かすれ違った車は、こんな時間になにしにいくのか。(人のこといえないが)
宿に戻って、お風呂の時間ぎりぎり目いっぱいまで。
その日二度目の風呂は、もれなく最高なのだ。
時刻は、23時過ぎ。
軽く写真整理をして、横になりながら明日の予定を軽くたてる。
「いんじゃん?」くらいな軽い予定の感じが、自分にはちょうどいいように思う。
仰向けの体で、マップルを頭にかぶって眠りについた。
いい夢を、見れないわけがない。
2日目
例によって、今日も天気がいい。
昨日は少し雲があったが、今日は快晴だった。
結局、夢を見たのかどうかも覚えていない。
「起きれたら」なんて言っていた朝風呂も、案の定起きれなかった。
もっとも、昨日二回入ったのはこれを見越してではあったけども。
朝食は、少し早めに。食べ過ぎず、食べなすぎず。
チェックアウトは10時だが、少しだけ早めに出る。
玄関を出た。もう少し寒いかと思ったけれど、案外寒くはない。
まだ、夏よりの秋だ。
昨日通った道をまた通って、玉川温泉に向かう。
朝風呂に入らなかったのは、正解だったかもしれない。
規模は決して大きくはないけれど、初めて知った時から訪れたかった場所だ。
観光地になりすぎない独特の雰囲気が、日常からの距離を引き立てる。
ここは、また来る気がした。
そんな風に感じる場所は多くはないけれど、その分良く当たる。
もとい、また来たいと思った。
つづいて、国道341号線を北上する。
八幡平を横目に鹿角に向かう。尾去沢鉱山とともに、宿題だ。
遠い場所に限って、行きたいと思う場所が多い。
行きたいときにふらっと行けるのは、本当に幸せなことだ。
小坂レールパークに到着した。
ここも友人の紹介で来た。
なんとなく、横川に似ている。
思えば、あそこも久しく行けていない。
遠くから近場のことを思い出すと、変な気分になる。
戻った時にどう感じるか、また楽しみだ。
レールバイクにも初めて乗った。
レールが決まっている状態で、速度だけ調整できる。
たまには、そんな生き方をしたい。
午後に差し掛かる。
ガソリンを入れて、能代へ向かった。
秋田自動車道を使って、一気に能代へ飛ぶ。
大館能代を過ぎたら、能代東で高速を降りた。
この街に惹かれるのがなぜなのか、何回か考えた。
学生時代に訪れた、そのときの達成感。
夜を明かした東屋と、刹那散歩の人から頂いたキャラメル。
巴湯の番台さんと、風呂上がりの猫。
たった一日いただけなのに、たまに帰りたくなるような空気。
色々なことが重なって、それがすっと身体に合うみたいに、能代は自分を引き付ける。
駅舎を見る。
ロータリーを一周して、県道の交差点まで行って引き返す。
たった数分で、満足してしまう。
また来れるなんて、軽々しく思ってしまう。
本当に、不思議な街だ。
去るのが寂しくないというか、故郷を離れるのともまた違う、なんとも説明しがたい感覚。
旅行先はどっちだ。
どこに帰る?
浸ったまま、最終目的地に向かった。
釜谷浜という場所を、学生のころは知らなかった。
知っていたら、ひょっとして訪れていたかもしれない。
いつ行ったって、良い所には変わりはない。
夕暮れ時に、ちょうど着いた。
日本海の風が、無数の羽をとらえる。
風を切る音が重なって、波音が重なって、唐突に旅の終わりを身体に刷り込ませてくる。
景色を見て泣いたことが、今までの人生で二度あった。
一度目は、松山温泉の風呂上りで、庄内平野に沈む夕日を見たとき。
二度目は、東北を車で巡って、新しくなった平井賀水門を見たとき。
今回は、三度目だ。
旅の最後というのもあったのかもしれない。
それでも、言い方は悪いけれど、こんなことでまだ泣ける自分に、少し安心した。
日が沈み切る前に、帰路に就く。
去り際に移る日本海は、バックミラーに優しく映った。
秋田駅までは、1時間ほどでついた。
週末が終わる実感も、明日が月曜日であることも、なぜか遠くのことのように感じる。
これが、東京からの距離なのかもしれない。
ひょっとしなくても、自分は日常に戻るべきではないのだ。
新幹線は、あっという間に東京駅に着いた。
夜は遅いが、歩く人の多いこと。
少し前までいた空間は、また遠いところになってしまった。
ただ、そこまで焦りはない。
きっと、また行くんだと思う。
終バスを確認して、カメラロールに現を抜かす。
どこかに、さっきまでの空気は残っていないか。
ちょっと前までなんともなかったお土産が、いやに重く感じる。
快速電車は新幹線より早く、最寄り駅まで一直線。
敷かれたレールはあるのに、もう速度はいじれない。
日常ってやつは、案外自分に手厳しい。
再び、カメラロールに目を通す。
遠くなってしまった分だけ、画面の中が輝いて見えた。
能代には、借りがある。
きっとこの借りは、返せないまま終わる。
でも、それがいい。
自分にとって本当に行くべき町は、返せないくらいがちょうどいい。